第4回 全員合格を目指すためのプラスαの指導

国家試験対策講師 飯塚事務所 代表 飯塚慶子 先生


社会福祉士・介護福祉士・精神保健福祉士の国家試験対策に20年以上登壇し、毎年多くの合格者を輩出する。慶応義塾大学文学部卒業、同大学政策・メディア研究科修了。
社会福祉士、ケアマネジャー。

飯塚講師が1コマ90分から、学内での受験対策講座を承ります。

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授業に集中できない学生さんへの指導

― 学校の先生にお話を伺うと、授業に集中できない学生さんに対する悩みが聞かれます。飯塚先生はこういった学生さんに対しては、どのよ うに指導していますか?

教室全体を見渡すと、15分以上うわの空で、講師の話は聞いていないだろうなと思われるなど、授業に参加すること自体に工夫が必要な学生さんがみられます。

こういった学生さんの行動には必ずそれぞれの理由があるので、「がんばって参加しましょう」、「説明をよく聞いて」のような漠然とした励まし・精神論では解決しません。こちらの アプローチを学生さんごとに変えるようにします。授業に参加してもらう働きかけが大切です。

― どのようなアプローチが可能でしょうか?

例えば、授業中にこちらから質問する際には、正解できるまで同じ質問を繰り返すようにしています。1回目•2回目はヒントやお手伝いが必要な学生さんも、3回目になると自分の力だけで正解できるようになります。こうすることで、“繰り返せば覚えられるんだ”という達成感につながるようです。

それから、学生さんに得意分野があれば、それに関連することを質問するようにしています。例えば、歴史が好きな学生さんなら、年号について質問するというような工夫です。みんなの前で正解できることが自信につながり、「この分野は〇〇さんに聞いてみよう」という新しい期待感も生まれ教室全体が明るくなります。

― 同じ質問を何度もしたり、特定の学生さんに絞って質問したりすることで、他の学生さんからの反発は起こりませんか?

質問を繰り返すことは、クラス全員の知識の定着を促すことになるので有用です。また、学生さんの多くは、“クラスみんなで合格する”という目標を掲げていますので、特に反発はありません。

一方で、ある程度自力で学習を進められる学生さんに対しては、そのペースを邪魔しないように適度な距離を取ります。指導する立場としては、何も働きかけをしないと学習が進まない学生さんに焦点を当てることで、クラス全体の国試合格率を底上げすることができるのです。

また、模試のあとは、事前に学生さんに承諾を得て成績を把握し、苦手科目にフォーカスした授業を展開します。学生さんは苦手科目を「見るのも嫌」でしょうから、自分では着手しにくいものです。そのため、授業中に集中特訓します。なるべく低得点の学生さんに読んでもらったり、解答してもらったりして、苦手意識を解消する突破口を見つけるのです。

読解力が低い学生さんへの指導

― 読解力が低い学生さんについての悩みも聞かれます。どのような対応が必要でしょうか。

読解が苦手な学生さんは、長い文章を目の前にしただけで大きなストレスを感じます。あまり無理をしてほしくないな、といつも思います。最近の国家試験は問題文がとても短くなり、選択肢に名詞だけが並ぶ「名詞問題」も増えていますので、単語(=キーワード)を中心とした勉強法で十分に点数が取れます。無理に背伸びしなくても、今もっている力で対策できるのですから、ここは学生さんと歩調を合わせていくことが重要です。授業では、すべての学生さんがもっている知識を最大限点数につなげるために便利な方程式を活用しています。

― 方程式にはどのようなものがありますか?

法制度の問題であれば、例えば、「●●●会議」ときたら設置はたいてい内閣府、「●●基本指針・方針」ではたいてい国が作成といったものや、選択肢の◦×の判断をする際、言い切り型の選択肢は「×」、事例問題で冷たい印象を受ける選択肢は「×」といったものです。どんなことにも例外はありますが、今は基本的な問題が中心なので、例外が問われる可能性は極めて低くなりました。例外は勉強しにくいので、立ち止まると時間ばかりかかり、あまり点数にはつながりません。

それから、国家試験当日の「失敗しない問題の解き方」も紹介しています。問題文のキーワード(試験委員の先生が聞いている言葉)に印をつけてもらうというものです。問題文に登場した言葉のすべてはわからなくても、また問題文自体を読解できなくても、キーワードと学生さんがもっている知識をつなげることで正解にたどりつくことができます。

 推薦入試、AO入試が増え、受験経験が少ない学生さんにとって、点数を上げる技術の話は反応がよく、一生懸命に一字一句メモしていますね。

自学が確立するまでは”ものまね”をしてもらう

― ほかに、学生さんが積極的に授業に臨めるような工夫はありますか?

書いてあることを読むだけでは、知識は自分のものになりません。自己学習が確立するまでは、手とり足とりで指導することが大切です。私の授業では、書画カメラを使って、常に学生さんが私の手元を見られるようにしています。問題集や参考書にマーカーで線を引いたり、印をつけたりする作業を目で見てもらい、そっくりそのまま講師の真似をすることで、一番効率のよい合格勉強法を習得します。まさにバンデューラのモデリング理論を実践してもらっています。

国家試験ではAとBの制度の違いを問います。制度の違いを2色のペンで引き分けて、頭の中で知識を整理します。「読むだけ」では9割忘れますが、自分から知識に近づくことで理解を進め、定着を図ります。「赤いペンを持って」、「はい、青いペンに持ち替えて」のように、講師が合図を発信して、ただ目で読むだけでなく、「知識を取り込む動き」を身につけてもらっています。

― 具体的にどういう箇所に下線を引いたり、印をつけたりするのでしょうか?

下線を引く目的は、知らない言葉を減らすことです。ただ、「重要な言葉がどこかわからない」という質問をよく受けます。その場合は「試験に出たら困る言葉」、「昨日まで知らなかった言葉」と言い換えるとイメージできるようです。

また、授業中にアンテナを張るべきは「落とし穴」です。落とし穴は人に言われないと気づかないので、授業で教えるほかありません。授業参加の意義がここにあります。自宅でもできることを、わざわざ出席した授業で提供すると、学生さんはガッカリするようです。これは満足度を測るうえでのモノサシになります。

ノートではなく、1冊の本に情報を集約する

― 授業ノートの取り方がわからないという学生も多いようですが、ノートの上手な取り方はありますか?

ノート作りは、先生方が思っている以上に、ハードルが高いようです。授業のはじめは、まず日付と時間を書くこと。また、授業中で説明すれば、それをノートに書いてくれるわけではないので、ノートのどのページに何を書くか、具体的に説明します。復習テストを実施する場合は「国家試験と同様にヒントなしで挑戦できるように、何も書いていないページを使う」ことも大事です。

情報はなるべく1冊にまとめるということが大切です。参考書に追加したい情報がある場合は、ノートではなく付箋に書いて、その関連する項目のそばに貼るように指導しています。

― 付箋はどのようなサイズのものがおすすめですか?

ご自身の文字が15文字程度書けるサイズのものがよいです。それからノートのように罫線が書いてある付箋は、まっすぐ書けて便利です。

付箋がうまく使えるようになると、落とし穴やプラスαの知識にアンテナがはれるようになり、学習レベルのステージがぐっとあがります。

試験委員から試験の傾向を予測する

― 試験日も徐々に近づき、学生さんたちは、受験勉強を本格的にはじめる時期になってきました。この時期に先生方がやっておいたほうがいいことはありますか?

試験委員の先生のお名前が公開されていますので、その先生方の専門分野から出題予想を絞り込みます。

例えば、新しく試験委員になられた先生がここ数年で、児童虐待をご専門に論文などを書いておられる場合は、児童虐待、またはその関連事項が大きく出題されるのではないか、と分析します。

あくまでも予想の域ではありますが、学生さんとしては「でないトコロ」よりも、「でそうなトコロ」を勉強したいでしょうから、勉強の勢いがアップします。

社会人として通用するための指導とは?

― 先生は、受験指導のなかで学生さんの将来を見据えた指導も行っているそうですが、具体的にどのような内容でしょうか?

最終学年の学生さんは、受験を控えていることはもちろんですが、同時に来年には社会人になり、現場で即戦力として働かなくてはいけない立場でもあります。指導者としては、国試に合格させることと同時に、社会で通用する人材を送り出す責任を感じています。

高度な技術や知識も大切ですが、まずは社会人としての基本的な姿勢が土台です。

― どのような指導が必要でしょうか?

まずは「相手の名前を正しく覚える」ということです。簡単そうに感じますが、学生時代、友人同士は苗字の呼び捨てやあだ名で呼び合っていますので、意識の変革が必要です。授業で登壇している先生の名前を正しく漢字で覚えるところから始めるとよいでしょう。

現場では、利用者さんやご家族、さまざまな職種の方と接するなかで、相手の名前を覚えていないのは失礼にあたります。逆に、相手の名前を覚えていれば、きちんと向き合う姿勢が相手に伝わります。ですから、最低限のマナーとして人の名前をしっかり覚えることの大切さをお伝えしています。

次は「挨拶」です。「〇〇しながらの挨拶」ではなく、挨拶のために立ち止まり、適度な時間を取り、相手の目をみて挨拶する習慣をもつことが大切です。目をみると緊張してしまう場合は、喉や首のあたりでも構いません。

相手の名前、挨拶の次は、「会話をつなぐ」というステップです。相手は同年代の友人ではなく「お客様」ですから、適切に会話をつなぐには高度な技術が必要です。まずは利用者さんの機嫌のよいときに、利用者さんの好きな話題を探ってみてはいかがでしょうか。話したくないときに、話したくない話題を持ち出されるのは誰でも嫌なものです。まずは会話が成立しやすい環境を整える。そのためには比較的言葉数の多いときや、お風呂がお好きな方なら入浴後でしたら会話も切り出しやすいと思います。

― コミュニケーションの取り方は、福祉や介護の現場ではとくに重要ですね。

そうですね。介護福祉士の学科では、例えば、車いすの方と話すときは少しかがんで目線を合わせることや、難聴の方と話すときには、聴こえやすいのは右か左かを確認して、ゆっくり低い声で話しかけることなど、障害や状態に応じたコミュニケーション技法を教わります。せっかく知識としてもっていても、実践できないともったいないですよね。頭でっかちにならず、知識が1つひとつの行動に活かせるように、実習などを通して練習していければ理想的です。

 

すぐに退職しないために

― ある学校の先生から「最近は、国試に合格して就職しても、職場でメンタルの調子を崩してしまい、せっかく就職した職場をすぐやめてしまう子が多い」という悩みを伺いました。こういったことを予防するような指導はありますか?

気持ちがどん底に落ちたときに、次の一歩の踏み出し方、対処の仕方がわかれば、「会社を辞める」という選択肢を選ばずに済むかもしれません。

職場の人間関係で悩む方は多いです。特に上司との関係ですね。社会人1年生としてみれば、理想の上司像があっても、実際の上司はその理想とかけ離れている部分ばかりが目につくことが多くあります。でも、上司を自分の理想像に変えていくのは難しいですし、人はなかなか変わりません。それであれば、上司の受け止め方を変える方が得策です。例えば、仕事で怒られたときは、「怒られて嫌だ、むかつく~」ではなく、「次は失敗しないように促してくれているんだ」と少し前向きに捉えます。また、上司はいつか異動になりますから、「上司と部下でいる限定期間に学べるだけ学ぼう」と割り切るのもありです。アメリカの心理学者アルバート・エリスが提唱したABC理論も有効です。「出来事(Activating events)を、どのように受け取るか(Belief)によって、結果(Consequences)が決まる」という考え方です。出来事は変えにくいので、受け取り方を変える方が手っとり早いですよね。

― 介護や福祉の現場では、利用者さんやご家族との関係で悩むことも多いと聞きます。

そうですね。例えば、「前の担当者の方がよかった」と言われれば傷つきます。この場合、「前の担当者のいいところを真似しよう!」と切り替えたほうが、得るものが多いはずです。

とはいえ、「辞めたい」という気持ちを完全に抑え込むとかえってストレスです。客観的に捉えるために、辞めたい気持ちをリセットできるようなら3回までは乗り切ってみて、4回目に辞めたいと思ったときに一度立ち止まり、自分の本気度について周りの人に相談したり、じっくり考える時間を確保してみてはどうか、と提案しています。せっかく得た職場を一時的な思いで手放してほしくないからです。

こういった考え方を身につけることは、受験や学校の授業で頭がいっぱいになっている時期にはわからないかもしれませんが、社会人になって、現場で予期せぬ問題に直面したときには必ず役に立つと考えています。

●編集後記

飯塚慶子先生の指導法は、学生さんに”試験があるからしょうがなく勉強する”というものではなく、学生さんが”勉強できる”,”覚えられる”環境を提供するものといえるのではないでしょうか。ですから、すべての学生さんをフォローできる授業を行えるのだと感じました。また、学生さんの将来を見据えた指導も、学生さんの自発的な気持ちを促すことにつがっているのかもしれません。